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Crystal Palace

2013–02–24 (Sun) 11:38
このお話は、2月10日に開催された黒執事オンリーイベント、
「揃執事」に無料配布手作りコピー本として参加させて頂いたお話です。
30部ほどしか作っておりませんでしたが、
全てを心優しい方々に拾って頂けて、深く感謝いたしております。

手作りコピー本とはいえ、作品を初めて形に残るものに出来た事は、
非常に嬉しく、有難い事でした。

イベントから2週間ほど経ちましたので、
ご参加になれなかった皆様にもお読み頂きたく、
本文を公開させて頂きます。

それでは、行ってらっしゃいませ。


Crystal Palace



瞼の内が真っ白になるほどの眩しさに目を覚ました。
薄く目を開けていく。
ここはどこだ?
辺り一面の光の乱反射によって、視界がぼんやりとしている。
幾らか慣れてきて見えたのは青い空だった。
積乱雲が幾つも浮いているのが見える。
つまりこれは、夏の空だ。
それなのに、何故こんなにも寒いのだろう。
よく見ると、空一面が細かく四角に区切られている。
見覚えのある区切られ方。
ここは・・・水晶宮?
僕は体を起こした。
どうやら、本邸の書斎にある筈のソファーに横になっていたようだ。
辺りを見回してみると、確かにここは水晶宮のようだった。
けれど、植物園も博物館、美術館もあるようには見えない。
何時も何かしらの催事で賑わっているのに、
誰一人として人の姿が見えない。
透明なガラスの向こう側に外の景色が見えるだけで何も無いのだった。
どういう事だろう?
しかも、構造も規模も、僕の知る水晶宮とは違う。
もっと小規模で、まるで聖堂のような構造だ。
背もたれに背中を預け、僕はぼんやりと考えていた。

コツコツと靴の音が聞こえてきた。
僕は、そのリズムだけで誰なのかが分かる。
振り返る必要などない、この足音はヤツのものだ。
僕の後ろまで来て止まった靴の音の主に聞く。
「ここは何処だ?」
ヤツが身を屈める気配。
「ここは、坊っちゃんがお造りになられた水晶宮ですよ。」
耳の傍で囁くように答えるヤツの声。
「僕が造った?そんな覚えはないぞ。」
水晶宮は、今は亡きアルバート公が、第一回万国博覧会の為に創建され、
博覧会後に一度解体されて、その後に規模を大きくして再建された複合施設だ。
僕が何故水晶宮など造るというのだ。
「いいえ。この水晶宮は、確かに坊っちゃんがお造りになられたものです。」
このガラスの聖堂のようなものを僕が造ったとヤツは言う。
「そんな覚えはない。」
クスクスとヤツが笑う。
「ここは、ハイドパークでもシドナムでもございませんよ。」
最初、ハイドパークに建てられた水晶宮は、シドナムに移設建造されたのだった。
外に見える庭園は、確かにそのどちらのものでもなかった
これは、この庭園は、僕の本邸のものだ。
「どういう事だ?」
何時の間に、本邸にこんなものが建てられたのか・・・。
「近づいて、よくガラスをご覧になってみて下さい。」
ヤツの声は笑いを含んでいる。
僕はヤツの言うままにソファーから立ち上がり、ガラスに近付いてみた。
遠くからは滑らかな普通のガラスに見えたそれは、
近付いてよく見ると無数のガラス玉から出来ている事が分かった。
なのに、しっかりと密集する事で一枚のガラス板を構成しているのだ。
指先で触れてみても、でこぼことした所は何処にもない。
ただ、とても冷たかった。
真夏の日差しに照らされているガラスが、まるで氷の様に冷え切っている。
「これは何なんだ?本当にガラスなのか?」
他の一枚一枚を見て行くが、どれも同じだった。
こんなものは、今まで見たことが無い。
「このガラス玉の一つ一つは、すべて坊っちゃんがお造りになられたものです。」
ヤツがそう言った意味が、僕にはまるで分からなかった。

「水晶宮のガラス板などより、このガラスは余程美しい…。」
絹の手袋を外した指でガラス玉の一粒ずつを撫でながら、
うっとりとしたようにヤツが言う。
「このガラス玉は何だ?僕が造ったとはどういう意味だ?」
ヤツはゆっくりと僕を振り返り、クスリと笑った。
「坊っちゃんは後ろを振り返る事の無い方ですから、
ご自分ではお気づきになられていらっしゃいませんでしたでしょう?」
さっきまでガラスを撫でていた指先を僕の顎に当てて上向かせる。
氷の冷たさのガラスに触れていたというのに、ヤツの指先は、
何故かほんのりと温かく感じられた。
「何を言っているんだ。分かるように話せ。」
まっすぐにヤツの目を見据えて僕は返した。

「このガラス玉の一粒ずつは、確かに坊っちゃんがお造りになられたものです。
あの契約の日以来、坊っちゃんは前だけを見詰めて歩いて来られた。
復讐を果たす為だけに、何があろうとも歩みを止める事無く。」
ヤツはまた、クスリと笑う。
「“封じられた一ヶ月”の間に負われた傷だけを傷とし、
あの時以降の痛みは痛みとして感じる事も封じて。
けれど、その激痛を完全にその身の内に閉じ込めていたのでは、
坊っちゃんはとうに壊れてしまっていらっしゃったでしょう。
ですから、それをどこかに捨て去る事が必要だったのですよ。」
ヤツは言って、ぐっと腰を屈めて僕の目を見詰めてくる。
「この瞳から零れてくる筈のモノも、坊っちゃんは封じてしまわれた。」
僕はヤツの目を強く見返す。
「泣くことなど、とうに忘れた。
泣いたからといって何も変えられなどしない。
僕には泣いている暇など無いし、泣く必要もない。」
ヤツはニヤリと笑って満足げに頷く。
「坊っちゃんは、“カタルシス”という言葉をご存知ですか?」
それは蔵書を読んだ時に見掛けた言葉だった。
アリストテレスについて書かれた本の中で読んだ。
「悲劇を観る事で、悲しみや苦しみに共感し、
感情が揺さぶられたり涙を流すことで、
自分のそれが解放され癒されるという意味の言葉だな。」
僕には全くもって関係も関心もない言葉だった。
作り物の他人の悲劇に共感して感情が揺さぶられる事などないし、
ましてや、涙を流す事などあり得ない。
「坊っちゃんは過去の苦しみと屈辱を頑なに手放さず、新たな痛みを無いものと見なす。
けれど、新たな苦しみや痛みは確実に坊っちゃんの中に生じ、蓄積していくのですよ。
無いものと見なす事は出来ても、無くす事は出来ません。
現実にそこにあるそれらを溜め込んでいくままでは、
人というものは生きていくことに支障をきたしてしまう生き物なのです。
それ故に、坊っちゃんの中から溢れ出たのが、このガラス玉なのです。」
ヤツはそう言って、ガラスを指さした。
僕が僕自身を生かしておく為に、生存本能として排出させたのだという事らしい。
しかし、僕には何の実感もなく、覚えもないものだ。
何時の間に、どこからこんなモノが溢れたのかも分からない。
「そんな事は、僕のあずかり知らない事だ。」
ふんと鼻先で笑って答えた。

ヤツは何時もの優美な足取りでガラスの傍まで行き、愛でる様な手つきで撫でる。
「坊っちゃんが新たな苦しみと痛みを封じる度に、
ひたすら前にと進む坊っちゃんの後ろには、このガラス玉が零れていくのですよ
あらゆる傷から、始めは滲み、そして溢れ出す。
本当に、それはもう大変に美しい光景です。」
悪魔の美観は人間である僕に分かるものではない。
「それで、お前はその零れ出たガラス玉をわざわざ拾い集めて、
こんなものを造り上げたのか?
悪魔のお前が、まるで聖堂のようなこんなものを?」
僕を振り返ったヤツは口角を上げてはいるけれど、笑ってはいなかった。
「最初に申し上げました通り、これは坊っちゃんがお造りになられたのですよ。
ガラス玉は零れる端から自ら塊となり、
次第に大きさを増しながら、これを造り上げていったのです。
私はただ見ていただけで、何もしてはおりません。」
ヤツは面白がっているらしい。
僕が零したというガラス玉が勝手にこんなものを造り上げた事を。
「はっ、下らない冗談だな。
神の門を潜ろうなどと微塵も思ってもいない僕が、
僕の自覚しない潜在意識でとはいえ、こんなものを造るとでも言うのか?」
ほっそりとした指でガラスをなぞりながら、ヤツは言った。
「このガラスは、シドナムにある水晶宮の脆く崩れ去るガラスなどとは違います。
透明度はより高く、強度ははるかに強い。
苦しみや痛みを幾層にも内包した上で、
坊っちゃんの気概も、諦めない強さも、高い矜持も、
全てがガラス玉の一粒ずつに反映され、輝きを持ってここにある。
他の誰にも見る事は叶わず、触れる事も出来ないのですよ。」
ヤツの言葉は、僕の問いへの答えにはなっていなかった。

強烈な夏の日差しの中を舞っていた色鮮やかな蝶が、真っ直ぐに此方に向かって来た。
ぶつかると思った蝶は、しかし、するりとガラスをすり抜け飛び去った。
僕は、わけが分からずガラスに手を当ててみる。
そこにはしっかりとした固い感触があり、確かに冷たさを感じるというのに、
「何故だ?どうしてあの蝶はすり抜けて行ったんだ?」
ヤツを見上げて問う。
口の端だけを上げて僕を見おろし、ヤツは答えた。
「坊っちゃんの深淵を知るものだけが、ここを見、触れる事が出来るのです。」

それはつまり、僕自身と、契約を交わした故に僕と共にあるヤツだけに、
この水晶宮を認知し知覚する事が出来るという事なのか。
しかし、何故、聖堂まがいの形なのだろう。
神に祈り続け、神に救いを求め続けた“あのひと月”、
僕達は神の慈悲も恩情も、一かけらさえ得られる事なく責め苛まれ続け、
そしてとうとう “あの日”を迎えて、神を完全に否定した僕だというのに。
だからこそ、僕はヤツを招喚するに至り、契約を交わし得たのだ。
「聖堂というのは “祈りの場”です。
悪魔を崇拝する為に造られる場合もあるのはご存知の通りかと。」
唐突にヤツは言った。
確かに、僕達が居たあの場所も、悪魔を崇拝し呼び出す為の祈りの場という意味では、
あいつらにとっては“聖堂”と云えたかもしれない。
しかし、僕は悪魔を崇拝などしない。
悪魔に祈りなどしない。
ヤツと契約を交わしたのは、僕の駒として利用する為だ。
では、僕が造ったというこの“聖堂”は何を祈る場だというのだろう。
復讐の成就でも祈るというのか?
そんなものは、この僕自身が果たすのだ。
祈る事など必要ない。
「これは私の個人的な見解ですが。」
そう前置きして、ヤツは言った。
「坊っちゃんは、“祈る事を否定する”という思いをお持ちです。
その思いもまた、ある意味、祈りといえるのかもしれません。
そして、その象徴として、この“聖堂”が型造られたのではないでしょうか。」
面白い事を言うものだ。
祈りを否定する祈りだなどと。
もういっそ「呪い」に近くなるのではないのか?
しかし、僕は「呪い」も否定する。
何故なら、「祈り」も「呪い」も霊的な何かに頼ろうとする思いだからだ。
僕は、僕自身のこの体と持てるすべてのあらゆる力、
そして、ヤツを駒として動かす事のみによって、
果たすと決めた復讐を成就するのだから、
あやふやな何ものにも頼る気などは毛頭ない。

ある種の仏教に言う「マントラ」というものは「意念の器」という意味だという。
そして、その“意念”とは“聖なる思念”を指すのだそうだ。
念じる聖なる思念がしっかりと想起されていないままでは、
いくら唱えても「マントラ」はただの言葉の羅列のようなものだと。
正しく「マントラ」を唱えれば、聖なる思念と祈念によって悪念を霧消させ、
善なる念の生産が始まり、やがて悪念が席を譲って清められるというのである。
だが、僕に“意念”が生じるとすれば“聖なる思念”とは対極に位置するものだ。
そもそも、清められたい等とは微塵も思っていないのだから。
こんな姿の水晶宮がこれ程に冷え切っているのは、
“救い”も“慈悲”も有りはしないのだと、我と我が身を持って知り、
復讐を果たす事だけを誓ったこの体から零れ出たガラス玉が、
ただ形ばかりを構成する“意味の無い聖堂”だからなのだろう。
ヤツが美しいと形容したのはそれ故かもしれない。

何も無いがらんどうの水晶宮にあるのは、
僕の書斎にあるものと同じ深い赤のベルベット張りのソファーが一つだけだ。
燦々と降り注ぐ夏の陽光は通しても、温度は届かない。
冬の外気と大差ない寒さに、暖を取るものの無い僕の体はカタカタと震えた。
「すっかり冷えてしまわれましたね。」
そう言ってヤツは上着を脱いで僕に掛けようとした。
僕はそれを制止する。
「そんな物はいらない、お前が僕を温めろ。」
冷たいガラスをなぞって猶、仄温かったヤツの指先を思い出したから。
ヤツは一瞬、目を見開いて僕を見た後、手にしていた上着をソファーの背に放り投げ、
僕との距離を詰めて、僕を横抱きに抱え上げた。
「それでは、僭越ながら私が坊っちゃんを温めさせて頂きましょう。」
にやりと笑う表情が、僕を温めるだけでは済ませない事くらい百も承知だ。
僕は、ソファーへと歩を進めるヤツの首に腕を回したのだった。

END


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Author:たままはなま
生息地域 日本で唯一、神無月の無い県
誕生日  5月24日(双子座)
血液型  AB型
行動の指針 後悔は少ない方がいい。やらずに後悔する位なら、今やって失敗した方がいい。「このままで、明日、命を落としても後悔しないか?」これが、最終判断の基準です。
黒執事キャラ占いで、47%がセバスチャン、タナカが33%、劉が10数%、葬儀屋が8%、アバーラインが数%、坊ちゃんが1%で出来ていると出た人。
歯医者の待ち時間や、通勤の運転中にも、次回の執筆のネタを考えている創作好き。
こんな管理人でございますが、どうぞ宜しくお願い申し上げます<(_)>

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